柿市こぼれ話


平成23年10月某日

やっと平年並みの気温になってきましたね。それでも暑かったり急に冷え込んだりで、私も何年かぶりに風邪を引いてしまいました。風邪ってどうしてかかるか知っていますか?風邪を起こすウイルスがあるのですが、それが100種類以上あるのだそうです。どおりで風邪引きの人が多いはずです。

え〜っと今日は別に風邪の話ではありません。ですが実は親戚に不幸があり、又しても何も手につかない感じになっています。心が落ち込んでいるときは日々の生活の中の小さな面白さを拾い上げることが出来なくなってしまうようです。こぼれ話も何を書いて良いのかちっとも思いつきません。そこで、以前自分の身内に当てた文章を引っ張ってくることにしました。ごめんなさい。

【柿市の松茸ご飯】

秋も深まり色々な食べ物がおいしい季節になってきました。先日クックパッドのかきいちブランドページに「かきいちの松茸ご飯」を載せました。松茸ご飯は今の時期しか作れませんものね。

松茸昔当社では松茸ご飯が頻繁に作られていました。その理由は亡くなった会長が松茸を買うのが大好きだったからです。買いすぎて借金は増え、売れ残った松茸は腐りました。その腐れ寸前を寄せ集めて何度も松茸ご飯が振舞われていたのです。

ですから一度など松茸ご飯を食べた途端に具合が悪くなり、ドブで吐いた人までいました。うちの母です。そんな按配なので昔の当社では格別松茸ご飯が珍重されることはありませんでした。
「なぁんや、又松茸ご飯かいや?」などと言われる始末です。何しろ作っていたのが亡くなった会長と前まかない婦の祖母のペアです。おとろっしゃ、おとろっしゃ・・・

そして今、松茸ご飯を作っているのは私と社長です。社長が松茸を買ってきて洗って切ります。私も一緒に手伝いますが、このとき松茸を積み木のように分厚く切るというのが合言葉です。代替わりして松茸ご飯の回数が減ったと言われては癪なので、社長はかなり無理をして松茸ご飯の日を設けているようです。でも今年は松茸が高くて、いつもなら2〜3回は催される「松茸ご飯の日」が1回コッキリになってしまうかもしれません。社長はせめてあと1回はやりたいと思っているらしいのですが…

私は1回でも少ない方が助かります。なぜなら松茸ご飯はいつも使っている3升のガス釜で炊けないのです。醤油や砂糖が入るためか温度が高くなりすぎて、炊ける前に火が落ちてしまうのです。ですから一升の釜で5回も炊かなければならず、しかもおかずも作らなければならない上、食べてない人と市場関係の人のために翌朝残った松茸ご飯をオニギリにしなくてはならないのです。二重三重に松茸ご飯は私を苦しめます。

でも良く考えてみると、うちの松茸ご飯はかなり豪華です。一升に対し松茸は1kg以上入れることになっています。しかも切り方は積み木状です。今の時期しか作れないし、レシピとして残しておくことにしました。是非うちのレシピで作ってみてください。婆ちゃん直伝の作り方です。

柿市の松茸ご飯
「柿市の松茸ご飯」のレシピはコチラから

楽しいこと何もないけど、今ふとひどい話を思い出しました。私以前に過呼吸の発作を起してダウンしたことがあるのです。私がまだ二十代で血液の検査センターで働いていた頃の話です。

ある朝上司に言われました。
「4階行ってボイラーつけてきて。」毎日早く来た人がボイラーを点けに行くことになっていました。毎朝出勤時間の早かった私が点けに行かなければならないのは分かっていました。分かっていたけどやってなかったのです。なぜならそのころ私はお化けや幽霊がとても怖かったからです。

職場は以前学校だったビルで、二階までしか使っていませんでした。真っ暗な4階のさらに暗いボイラー室は私にとって心底恐ろしい場所でした。でも強がって生きていたあの頃口が裂けても「お化けが怖い。」なんて言えませんでした。しかたなく1人でボイラー室へ行き、こわごわ火を点けました。点け終わってホッとして帰ろうとしたとき、私の目にありうべからざる物が映りました。お化けです。恐れていたお化けが本当に出たのです。暗いボイラー室の壁に浮かび上がった火の玉のようなオバケはチロチロと揺れながら大きくなったり小さくなったりしています。叫ぶことも出来ずに半泣きになりながら一階の検査室に戻りました。

仕事を続けようとしましたが、心の中でさっきのオレンジ色のオバケが大きくなったり小さくなったりして揺れています。怖くて怖くて手が震え、息がどんどん速くなりました。異常に気付いた同僚が声をかけてきたときには顔は真っ青、震える手は真っ白になって氷のように冷たくなっていました。『昔の人がオバケを見て死んでしまったのと同じだ。私も死ぬんだな。』と思いました。

結局死にはしませんでしたが、立っていることができなくなって食堂のソファに寝かされました。寝かされてやっと落ち着いて物が考えられるようになって、ふと気付きました。あれはひょっとしてボイラーの火の影では…? それならすべてつじつまが合います。翌日勇気を振り絞って確認に行きました。その日もオレンジ色のオバケはチロチロと揺れていました。全然気が付いていなかったけど、ボイラーの下のほうに着火の確認が出来るように小さな窓があったのです。そこから火の影が暗いボイラー室の壁に映っていただけでした。でも本当に怖かった。多分今までの人生の中で一番怖かったと思います。

今では私もオバケなんてあんまり怖くなくなりました。父が亡くなって死というものに一歩近づいたためかもしれません。大人になったってことでしょうか?よく分かりません。今思い出してもほんとに間抜けな話です。そんなに怖けりゃ言えばいいのにって話ですよね。馬鹿だったな、あの頃の私…ま、今も馬鹿に変わりはありませんけどね。(^_^;)


加賀野菜等の買い物地酒ギフトミニ知識とレシピ会社概要トップページ

〒920-0904 石川県金沢市下近江町 45番地の1 TEL.076-221-1365
E-mailto:info@kakiichi.co.jp