柿市こぼれ話


【レイコという名で出てました】

こんにちは。桜も散っていつもの年なら急に暑くなったりする頃ですのに、一向に暖かくならず、まだダウンジャケットを仕舞えずにいます。皆さんのところはどうですか?

寒いのは気候ばかりではありません。商売の方もかなりお寒いことになっています。青果物業のほうは温泉旅館の客数が減り、仕入れも減って減収。酒屋にいたっては観光のお客さんが減って、ひどい日は私の店番中に1人のお客様もお見かけしないことすらあります。反対に『お客様がいらっしゃったりしたらびっくりしてしまいます。』てなもんです。2〜3日前にも久しぶりのお客様の酒の包装をしようとして、緊張で手が震えてしまいました。相変わらずのヘタレっぷりです。

こんなことではいけないと、悪化する日本経済にたった一人で立ち向かう『二年間浪費計画』を実行中です。今までじつに質素に暮らしてきた私。部屋のテレビは20年も前に廃棄処分になるところを妹が貰ってきた年代物で、画像がゆがみ、映る人間すべてがコーンヘッドのダックスフント状態です。

コートはやはり貰いもの。しかもポケットが破けていてかなりみすぼらしいことになっています。みすぼらしいのはコートだけではないので、まあいいかってことで済ませていたのですが、これを機に廃棄処分にすることにします。

テレビも買いました。地デジのアンテナもたてました。しかも量販店ではなく、昔からお付き合いのある町の電気屋さんからです。4万円の数珠を買い、絵ろうそくも1万円以上買って、しいの木迎賓館で母と2人食事して、素晴らしいブルゴーニュワインも頂きました。来週末には温泉に行く予定です。収入を上回る支出です。老後の杖が細る一方ですが構うもんかと使いまくっています。これが今、私に出来ることの一つだと思うからです。

思えば今まで、私は本当に無駄遣いと無縁なところで生きてきました。今までで一番お金を使ったのは思い起こせば数十年前、30歳過ぎて栄養士の学校へ行くと言い出し、親に反対されると(もう30過ぎればほっといてくれても良さそうなものですが)それまで貯めた貯金をすべてつぎ込んで東京の学校へ行ったのです。これが恐ろしく金がかかりました。

減り続ける貯金の額に怯える毎日…バイトをしようとして、知らずに歌舞伎町の店に面接を受けに行き、採用にはなったのですが話が見えません。
「え〜っと、柿本さんだったね? マサミって名前なんだけど他の名前にしてくれないかな?」
「えっ? 雅美じゃだめですか?」
「マサミって子、他にいるからね。なんか無いかな、いい名前? ほら、アケミとかさ。」何かおかしな気がしました。マサミが2人いてなぜ悪いのか? アケミ…? いやな予感がしました。

従妹の話では東京では着付けのできる人は高額の時給が出るということだったはず。この店はその高額の時給の出る料理屋さんではないのか…? 不安に曇る心を抑えて話を続けました。
「え〜っと、じゃあ澄子はどうでしょうか? 私のお婆ちゃんの名前なんですけど?」言葉は返ってきません。ダメってことでしょうか? 冷えた空気が顔に吹いてきたような気がしました。気を取り直し、交渉を続けます。ほんとのところ勤労意欲はほぼゼロパーセントに落ちてはいたのですが…
「それじゃ礼子はどうでしょう? 妹の名前なんですが…」
「レイコねぇ…まあいいでしょう。じゃあ今日からレイコちゃんてことで。」マサミはダメでもレイコやアケミは良いらしい。ちなみにレイコは妹の名前ですが、アケミは従妹の名前で現在当社で働いています。

最後にその面接の係りの方がおっしゃった。
「じゃあレイコちゃん、頑張ってね。やるからにはナンバーワン目指してね!」築き上げた心の中の何かがガラガラと音を立てて崩れていきました。ナンバーワン…それって…?

とりあえずその日宴席についてお酌をしました。今思えばコンパニオンのような仕事だったのでしょう。勿論貸し出された着物は自分で着ました。でもその日のことはあまり良く覚えてはいません。ただ、頭の中で『ナンバーワン』と言う言葉が大きく膨れ上がり、鬼の金棒のように私の頭の中で振り回されていました。

それでもまだ私は自分を騙し続けていました。『ここは料理屋さん。私は着物を自分で着れる、いい時給をもらえる仲居さん…みたいなもの…?』しかし、頭より体のほうが正直でした。バイトの時間が終わる頃にはすっかり具合が悪くなり、周りの人にかなり迷惑を掛けたと思います。

翌日も出勤しました。けれど3日目はどうしても出勤することが出来ませんでした。電話を掛けて辞めさせてくださいと言い、私の歌舞伎町でのバイトは終わりました。

栄養士の学校の友達が
「なぜ歌舞伎町でバイトしようなんてするのよ!」と、私に詰問しましたが、新宿のどこが歌舞伎町だか私に分かるはずがありません。別の友達が助け舟を出してくれました。
「分かんないわよ。私だって知らずにウエイトレスのバイトすることになってたんだけど、あんまり時給がいいから気になってお店見に行ったのよ。そしたらその店のウエイトレス、バニーガールのかっこうしてたから、逃げてきたわ。」彼女も東京人ではありませんでした。学校が新宿だったのも間違いの元ではあったのでしょう。

今では
『私は昔歌舞伎町でレイコと言う名で出てたことがある。』というのが私の自慢です。特に妹の周りの人たちにこの話をすると受けます。

そうそう、又一つ思い出しましたが、栄養士の学校に行っている頃、尾瀬の『弥四郎小屋』で一緒に働いていたすーちゃんが山から下りてきました。街のにおいがかぎたくなったのでしょう。時期的にやや早かったのですが、どうしてもビアガーデンに行きたいと言うので、2人で歌舞伎町へ繰り出しました。

まだ肌寒い頃だったので営業しているビアガーデンを捜すのに苦労しました。やっと見つけて入っていくと、ど真ん中に土俵が在り、回しを付けた女の人が2人、相撲を取っていました。ビアガーデンになぜに土俵? 何ゆえの女相撲? かぶりつきの席に案内されましたがあいにくそんな趣味はありません。ですがその席を断る度胸も持ち合わせてはいませんでした。2人で凍りついたままビールを飲みました。行司が呼び出しを掛けてます。

「こなったー処女錦ぃ〜。」 「かったぁやー鮫の肌ぁ〜。」

どちらが勝ったのか忘れてしまいました。なにせずいぶん昔の話です。ですがこのインパクトのある四股名だけは忘れたくても忘れられません。

人間長く生きているといろんなことがあります。今は本当のところ物事に可笑し味を感じることが出来ていません。だから無理やり昔話を持ち出してしまいました。誰かが少しでも笑ってくれたら嬉しいのですが…念のために言っておきますが、私の話にフィクションはありません。それどころかディープな部分は削ってあります。ちょっと書けない話が多すぎますので…フフッ。

礼子改め雅美と言う名で出ています。お店はここよ。

石川県金沢市下近江町45 柿市商店 酒部


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