柿市こぼれ話


【ブラックジャックにしておくれ】

八月の末に当社柿市商店で夏祭りが催されました。その模様は先月の『酒の失敗談』のところで紹介されたのですが、あまりに自分で受けてしまったので自ら書いてみたくなりました。

ことの始まりは、十年ぶりくらいに社長が夏祭りをやりたいと思ったところから始まります。突然の企画でしたが40人以上の参加になって、社長もニコニコです。1人で牛一頭食える社員を抱えているので、牛二頭分ほどの心積もりで食材も用意し、どうやら足りたようです。

当社の宴会に付き物の全裸騒ぎも喧嘩沙汰もなく、至極真っ当に夜は更けていきました。私もかなり飲んでいたようなのですが、みんなが飲んでいるうちから後片付けです。食洗機をフル稼働させて片っ端から洗っていると、妹が慌てて飛び込んできました。
「大変や!!お母さんが階段から落ちて怪我した。今、救急車呼んだし!」
きゅうぅきゅうしゃぁ〜???酔った頭にとんでもない単語が投げつけられました。慌てて一階に降りていくと、血みどろの母がストレッチャーに乗せられているところです。みれば眉間がバックリ割れてプロレス以上の流血騒ぎです。救急車に乗り込みながら妹が
「あんたも一緒に乗るか?」と、私に聞きます。その顔に『こいつ、大丈夫か?』と書いてあります。いくら酔っ払っていても、大事な母だし同居家族は私なので乗らねばならんでしょう。
「行く。」小さく答えて乗り込みました。

怪我をしたことよりも、せっかく楽しい場を壊したと言って、母が泣いて詫びています。母がかわいそうで何とか慰めてあげたいと思いました。
「お母さん、良かったがいね、お母さんの大好きな『旗本退屈男』と一緒やぞ。天下御免の向こう傷や。」とても優しい声で私がそう言って、母の手を握り微笑みかけたそうです。あまつさえ、自分の眉間に人差し指を立ててパッパッと言いながら、見たことも無い大昔の時代劇スターの物まねをしたというのです。妹は仰天してものも言えずに私を凝視しています。『良かった?こんな怪我して何が良かった?』妹の怒りも戸惑いも何もかも・・・覚えていません、全然。心の中で『退屈男と一緒だな。』と思ったことは覚えているのですが、まさかパッパまでやったとは・・・母は慰められたでしょうか?余計に情けなくなって更に泣いてしまったかもしれません。

怪我人の手を握りながらわけのわからん物まねを続ける姉。その横では妹が携帯電話をもち忘れたと、救急車の窓を叩きまくって、救急隊員の方に怒られています。覚えてないのが残念です。かなり笑える絵ですよね。

妹は母の顔を見て、鼻の骨が折れているのではないかと心配したらしいのですが、よくよく見れば元からこんなペチャンコな鼻であったと安心したそうです。そのことを口に出して言ったのかどうか、私は知りません。当然です。自分がやったことすら覚えていないのですから。

病院に着いても私は更にやっちまったようです。処置室に呼ばれて、今からこの傷を縫いますと医者様に言われて。
「ブラックジャックみたいにしてください。」と、言ったというのです。本当でしょうか?いくらなんでも・・・でも、記憶の片隅にブラックジャックの痕跡が残っています。弟はたいそうご立腹です。かすかに思い出したのは、弟が
「顔なんだからきれいに縫ってくれ。」と言って、医者様との間に嫌〜な空気が流れたことです。それを取り繕おうとして
「ブラックジャックでいいです。」と言ったのか?
「きれいに縫ってねハートハートハート」なんて言うのが気恥ずかしくって
「ブラックジャックにしてねハートハートハート」と、おちゃらけたのか?・・・覚えていません。母に聞けば覚えていると思うのですが、怖くてちょっと聞けません。なにやらいろいろと気に障ることを言われたらしく、顔に『恨みます』の文字が見え隠れしています。多分その大部分の犯人が私です。

それもこれもある程度仕方のないことなのです。何しろバックリ割れの母に付き添っていったのは5人の酔っ払いと子供が2人。医者様や救急隊員の方々もさぞかし呆れたことでしょう。

それでも何とか会社に帰ってきて、母を部屋に寝かせ、夜中の12時半まで洗い物を続けました。記憶がなくなるまで酔っていても働けるもんです。翌日、母の顔はひどく腫れ上がり、目の周りは黒紫色になっていました。『ヨーダに似ている。しかも緑ではなく紫色のヨーダだ。』心の中まで失礼です。

哀しいのはこの朝宴会に参加していなかった社員に言われた言葉です。今も咽にかかった魚の小骨のように心に引っかかっています。
「酔っ払って階段から落ちてんろ(落ちたのでしょう)。」と決め付けたのです。母は、酔っていたから階段を踏み外したとは思いません。勿論酒が入っていたのは事実ですが、帰っていく社員にタクシーチケットを渡そうと、ぐたぐたになっている社長の手からチケットをもぎ取り、大慌てで階段を駆け下りたためにつんのめって落ちたのです。そのことを分かって欲しくて、言葉を選んで説明したのですが、どんなに話しても
「酔って階段から落ちてんろ。」と何度も切り返してきます。まるで言葉が通じないみたいな感じなのです。ひどい怪我をしながらも
「楽しいひと時を台無しにした。」と泣いていた母が憐れでした。そのとき思ったのです。『人は自分の物差しで計る。この人にはどれだけ話しても無駄なのだ。』と。

そうそう、別の社員が朝出社してきて、血みどろの雑巾が打ち捨てられているのを見て、震え上がったそうです。昨日の宴会でどんな流血騒ぎがあったのかと気をもんだと言っていました。ちょっと笑えます。

母の顔はヨーダからキョンシーになり、今はただの疲れた顔です。抜糸もすんで、眉間には絆創膏が貼られています。本当はそんなもの貼らない方が良いらしいのですが、医者様が
「ブラックジャックになっとるから貼っとくか。」と小さく笑って言っていたそうです。医者様の顔には『あんたの娘のお望みどおりになったね。』と、書いてあったらしいです。ほんと、深酒は良くない。良くないよ皆さん、気をつけてね。


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